バイオリン二重奏「讃歌」

エピローグ

 開演前だというのに、王立劇場は国内外から集まった賓客で賑わっていた。 今夜は、ここでとある一人の音楽家のコンサートが開かれる。 その名は、メアリ・スノウ・キャンドル。世界一と謳われるバイオリン奏者だ。 音楽歴は初めて舞台にたった頃から実に…

七日目

 ハリーは眼窩の炎をパチパチとさせた。「弾く? 僕が? どうやって?」「弾き方は私が教えるわ。ほら、どうぞ」 差し出されたカバンを彼は受け取った。重みで、彼の手の骨がかすかに軋む。「意外と簡単なのよ、バイオリンって。ほら、行きましょう」 二…

六日目 Side Mary

 星空の下、無限に広がる砂漠を、メアリは歩いていた。 勝手口を出た後にあった小道はいつしか消え、気づけば障害物も何もない場所を歩いている。振り返っても、あの屋敷はもうどこにも見えない。(ハリーに何も言ってこなかったわ) 母に会えると喜ぶあま…

六日目 Side Gray and Ann

「おーい、早く朝ごはん食べて準備しろー」 父親に揺さぶられ、兄妹はうーんとうなる。「準備って何の?」「ノックベリーに行く準備だよ。作ったジャムを売りにいくんだ。忘れたのか? 早くしないと置いてくぞ」 二人の目がぱちくりと開く。「行く!」 二…

六日目 Side Mary

 闇の中は、心地が良い。毛布にくるまっている気分だ。不安なことも辛かったことも楽しかったことも、全ての記憶と感情が溶けあい、昇華していく。胸の内側が満たされていく。 あたたかな闇が、唐突に晴れた。 メアリは、天蓋付きのベッドに横たわっていた…

五日目

 いつもより早く目が覚めた。窓から見える空は、昨日と違い綺麗な青色である。絶好のお出かけ日和だ。 ハリーは台所で朝食を作っていた。「おはよう、メアリ。今日は早いね。もう少しでできるよ」「おはよう。今日は先に身体を洗ってくるわ」 水浴びをした…

四日目

 四日目の朝は雨だった。土砂降りで、景色がほとんど見えない。昨日服を洗っておいて正解だった。 食堂にはすでに朝食が準備されていた。紅茶とサラダとスコーンだ。蜂蜜の甘さが程よい。「美味しかったわ。ありがとう」 彼の眼窩の炎が揺らぐ。「いいんだ…

三日目

 朝の遅い時間に、メアリは目を覚ました。しかし昨日の会話を思いだすと憂鬱になり、中々ベッドから起きあがれない。 そうこうしていると、ドアがノックされた。「おはよう、メアリ。起きてる? テーブルに朝ごはん、置いてあるから。僕はちょっと行ってく…

二日目

 朝日が眩しい。メアリは目を眇めてベッドから起きあがる。(何か良い匂いがする。これは、パン?) ワンピースに手早く着替え、階下に降りる。台所に行くと、かまどの前で奇妙な鼻声を歌っている骸骨がいた。「おはよう」 背後から話しかけると、骸骨の肩…

一日目

 気がつくと、すでに太陽は高いところまで登っていた。 昨日は変な夢を見た……と思いながら、メアリは服を着替えて部屋を出る。 部屋を出た途端、メアリは強烈な違和感を覚えた。すこし考え、ようやく気づいた。気づいた途端、背筋が凍りついた。 埃がな…

プロローグ

 ピシ、とムチの音がなり、馬が嘶く。縦に横に、馬車は激しく揺れながら走る。 ここは、鬱蒼と茂った広い広い森の中。夏だと言うのに空気はひんやりしていて、寒々とした雰囲気を肌に感じる。 揺れる馬車の中で、メアリ・スノウ・キャンドルは縮こまってい…