君との生活を夢見て

 ただいま。
 元気にしてたかい? ああ、そんなに怒らないで。睨まないで。
 うん、君の気持ちは分かるよ。
 ベッドに縛り付けられて、身動きが取れないのは辛いよね。外へ出たいよね。思う存分食べたい物を食べて、行きたいところへ行って、楽しいことをしたいよね。
 気持ちは分かる。本当に。でも駄目だ。外は危険で、君を狙う敵が大勢いる。見つかったらひとたまりもない。それに君は病気だ。まずは治療しないといけない。
──おっと。そんな大声を出さないでくれ。あ、もしかして、自分は病気じゃないって言いたいのかい? いいや、君には薬が必要だ。大丈夫、私が一緒にいるよ。ずっとそばにいる。君を治してみせる。
 からあげを買ってきたよ。出来立てだからまだ温かい。ほら、食べよう。
 はい、口を開けて。おっと、大声を出さないで。近所の人に聞こえてしまう。ほら、美味しいでしょ?
 さあ、夕食の次は歯を磨こう。よし、できた。じゃあ最後に、お薬の時間だ。ちょっとチクッとするよ。暴れないでね……。
 おやすみ。よい夢を。

 ただいま。
 元気にしてたかい? うん、そんなに怒り狂ってるってことは元気なんだね。よかった。
 今日も君のことばかり考えていたよ。君とカフェでコーヒーを飲むこと、遠くへ旅行に行くこと、朝日に照らされる君の横顔を眺めること。
 でも今は無理だ。君の顔を見れば、それどころじゃないって分かる。大丈夫だ。君がまた私に微笑むその時まで、私は待っているから。
 今日は夕食の後に身体を拭こうか。本当はシャワーがいいけど、拘束を解いたら君は外へ逃げるだろ? だから清拭で我慢してほしい。
 さあ、夕食だ。見て、ハンバーグだよ。君の好物だろう? おいおい、そんな目で私を見ないでくれよ。私は君の味方だ。恋人であり、婚約者だ。敵じゃないよ。本当に。
 さて、食べたら薬だ。チクッとするよ──よし、できた。身体を拭いて、もう寝よう。

 ただいま。
 今日は職場の人に訊かれたよ。最近君を見かけないけど、どうしてるのかって。適当に誤魔化しておいた。本当のことは絶対に言えない。邪魔されるわけにはいかないから。
 さて、君にプレゼントだ。花だよ。好きだろう? 今はそうでもないかな? でもせっかくだし、香りを楽しもう。
 この香りを嗅ぐと、昔のことを思い出す。付き合い始めの頃、君は花屋に寄ってこの花を買っていたね。「自分用だよ」と、バレバレの嘘を言ってたね。
 あの頃の楽しい日々に戻りたいな。君が輝く笑顔を振りまいていた時に。今では変わり果ててしまった。君は怒り狂い、おかしくなるばかりだ。見ていて辛くなる。
 さて、夕食の時間だ。ステーキを買ってきたから、後で焼いてくるね。それが終わったら薬の時間。また新しい薬を作ったよ。今度こそ効くに違いない。
 以前、友達から言われた。「もう変わってしまったんだ、諦めろ」と。その時私は「嫌だ」と答えた。きっと君は戻ってくると信じた。今も信じているよ。君にまた「愛してる」と言われる日が来ると。
 愛してる。

 ただいま。
 寝てるんだね。大きな声を出してごめん。
 ここ数日、君はずっと静かに眠っている。この前から飲ませている新薬の効果が出てるんだね。
 今日も身体を拭こう。拘束を解くね。ずっと眠っているし、しばらくは拘束を緩めてもいいかもしれない。
 そうそう、最近、警察によく会うんだ。根掘り葉掘り、私達のことを尋ねてくる。かなりまずい。引っ越ししないといけないな。
 もうすでに見当はつけてるんだ。ほら、これとかいいと思わないかい? 海辺に立っていて、地下室がある。しかも近所に家がない。今の私達にぴったりだ。誰にも邪魔されない、二人きりの生活。悪くないね。
……ずっと眠ってるね。どんな夢を見てるんだい?
 最近、不安になるんだ。このまま君が目覚めなかったらどうしようって。そうなったら、もう後悔してもしきれない。
 危険なことをしている自覚はある。君にとても大きな負担を強いていることも。でも、必要だ。私は君無しでは生きていけない。どうかこの薬で、元の君に戻ってほしい。
 おやすみ。よい夢を。

 ただいま。
「おかえり」
──え?
 君が、私を見ている。ベッドの上で、顔だけをこちらに向けて、微笑んでいる。
「……いつ、目を覚ましたの?」
「さっきよ。ねえ、このベルトを外してくれる? もう襲ったりしないから」
 急いで拘束を全て解く。
 私の背中に君の手がまわされる。温かい。数年ぶりの温もりだ。目の前が滲む。
「ありがとう、本当に」
 ああ、夢にまで見た君の声。本当に、本当に、君なんだね。
「おかえり。愛してる」

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